事件番号:平成26(行コ)116
事件名:処分取消等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成25年(行ウ)第372号)
裁判年月日:平成26年9月30日
裁判所名:東京高等裁判所
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 処分行政庁が控訴人に対し平成24年12月26日付けでした原判決別紙目録記載1ないし6の各不動産に係る登記申請(東京法務局田無出張所同年10月4日受付第44458号ないし同第44461号)を却下する旨の各処分をいずれも取り消す。
第2 事案の概要(用語の略称は原判決による。)
1
本件は,亡Aとその妻の亡Bの唯一の子である控訴人が,亡A及び亡Bの死亡に伴い,亡Aが所有していた本件各不動産について,本件遺産処分決定書を登記原因証明情報として,亡Aの相続を原因とする本件各共有持分全部移転登記の申請(本件各登記申請)をしたところ,処分行政庁から,不登法61条所定の登記原因証明情報の提供がないとして,不登法25条9号に基づき,本件各登記申請を却下する旨の処分(本件各処分)を受けたため,処分行政庁の所属する国に対し,本件各処分の取消しを求めている事案である。
原判決は控訴人の請求を棄却したので,これを不服とする控訴人が控訴した。
2
前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,原判決4頁2行目の「12頁],」の次に「12,」と加え,後記3に付加するほか,原判決「事実及び理由」中の第2の1ないし3に記載のとおりであるから,これらを引用する(ただし,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴人」と,「別紙」を「原判決別紙」と,それぞれ読み替える。原判決引用部分につき以下同じ。)。
3 当審における控訴人の主張
(1) 子が1人で遺産処分決定し,又は二重の肩書で遺産分割ができること
ア 本件2次相続の開始後,本件2次相続についてだけ,既に自己に帰属している亡Bの遺産(亡Aの遺産に対する相続分)を,相続放棄や限定承認することも可能であった,すなわち自己に帰属するかどうか不確定であったから,改めて自己に帰属させる旨の意思表示を観念する余地があった。
また,父母と子1人の場合に,父が死亡して1次相続により母と子が相続し,母が死亡して2次相続により子に全遺産が帰属するとしても,1次相続によって,母と子が相続した遺産共有持分(未分割のためいわば合有)が,母の死亡により突然,民法上の共有持分(民法249条以下)に変化し,子が母の遺産共有持分を自己に取得させる余地がないというのでは,相続人が1人っ子の場合ときょうだいがいる場合とで,相続により包括承継する権利の性質が変わることになり不合理である。
イ 不動産登記法上,遺産共有持分を登記に反映させるか否かは任意とされている(共同遺産相続の登記をせずに,遺産分割成立後に直ちに各単独取得者名義に1回の相続登記をすれば足りる。)のに,1人っ子の場合だけ,この遺産共有持分を登記に反映させないと「公示」の目的を達し得ないことになるのか不明であり,不合理である。
ウ したがって,1人っ子は,1人で遺産分割決定し,又は二重の肩書で遺産分割ができると解すべきである。
(2) 中間省略登記の例外として認めなければならない事案であること
相続登記において中間省略登記を認める通達の趣旨が,「権利が枝分かれしないので,権利関係の錯綜が生じない」ということであるとすれば,1人っ子の事案はきょうだいがある場合と比べて,なおさら権利関係の錯綜は生じないし,取引の安全や公示機能を害するおそれもない。
したがって,1人っ子の場合もこれに該当するとしなければならない。
(3) 本件各登記申請を却下したことは信義則に反すること
ア 平成6年の東京司法書士会三多摩支会と東京法務局八王子支局との間の実務協議会において,官民コストをかけて透明性のある形で議論を重ねた結果,三多摩支会が本件各登記申請のような登記申請が可能である旨の決議をしたのに対し,東京法務局八王子支局が「支局意見」としてこれを認め,さらに東京法務局民事行政部首席登記官に照会して,これを是認する「民行部首席登記官回答」(甲5)を得ている。
イ
従来過去40年以上にわたり,全国の法務局において本件と同様の登記申請を認める扱いが当然のように行われてきており,現在でも全国の法務局において本件と同様の登記申請が受理されている(甲21ないし34)。
登記実務上,最終相続人1人による遺産処分決定書の添付による1件の登記申請の方法は,むしろ,法務局・登記官からの指示・示唆により,行われてきたものである(甲25,31の1及び2)。
ウ ところが,平成23年4月及び5月に「登記研究」に本件各記事が掲載されてから,各法務局ごとに,又は各登記官ごとに,取扱いが区々になってしまい,東京法務局は,平成23年8月,突然,従来認めてきた本件と同様の登記申請を認めない取扱いを行い始めた(乙1)。
エ 仮に,被控訴人が,平成6年の東京法務局の公式見解(前記回答)を変更するのであれば,東京法務局が見解を変更した平成23年8月(乙1)以前に,一定の周知期間を設けてその旨を各登記所ないし司法書士に周知させた上,本件各登記申請と同様の事案の取扱いが区々になり不平等が生じないように,何らかの手当をすべきであった。ところが,何らの手当もしなかったため,現在でも,全国において本件と同様の登記申請を受理する取扱いが存在し,国民は当惑,混乱して,現実に不平等(相続税や登録免許税の負担)が生じている。また,不動産相続登記申請に必要な添付書類は,事前に周知されていないと,登記申請が円滑に進まず混乱が生じるため,予測可能性の要請が高い。
したがって,かかる登記慣行変更後の取扱いが周知されていない間になされた本件各処分は,信義則(信頼保護及び法的安定性,予測可能性)及び適正手続の保障(憲法31条)に反し,違法である。通達変更前の公的取扱い及び公的見解の表示への信頼を保護した最高裁平成18年10月24日判決の趣旨は,本件各登記申請についても妥当する。
(4) 本件各処分は平等原則(憲法14条)に反すること
ア 不動産相続登記の取扱いは,全国を通して均一であるべきである。本件と同様の事案はよくある事案であり,1人っ子ゆえに名義は亡父のまま遺産分割未了という事案は多く,今後少子化で,同様の事案がより多くなる。
本件と同様の登記申請を受理するか否かについて,行政裁量や全国それぞれの実情に合わせた区々の取扱いを認めるべき必要性,合理性は何ら存在しない。
イ 本件各処分により,控訴人は2段階の相続税及び登録免許税,司法書士手数料等を支払うことになり,合計156万4000円を余分に負担することになる。
ウ 本件と同様の登記申請が認められないことになると,下記のとおり,事案によって著しく不平等となるから,本件各処分は,憲法14条に反する。
(ア) 1人っ子の事案ときょうだいがいる事案
(イ) 過去の事案(平成23年以前)とそれ以降の事案
(ウ) 本件と同様の登記申請を受理する地方法務局管内の不動産の事案とそれ以外の不動産の事案
第3 当裁判所の判断
1
当裁判所も,控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は,原判決11頁23行目の「886条」を「882条」と改め,後記2に付加するほか,原判決「事実及び理由」中の第3の1ないし3,4(1),(2)及び5に記載のとおりであるから,これらを引用する。
2
当審における控訴人の主張について
(1) 当審における控訴人の主張(1)について
ア 控訴人は,亡Bの死亡後,亡Bの遺産を相続放棄や限定承認することが可能であり,自己に帰属するかどうか不確定であったから,改めて自己に帰属させる旨の意思表示を観念する余地があったと主張するが,前提事実(2)(3)によれば,亡Bの相続の承認又は放棄の期間経過により,亡Bの遺産は控訴人に確定的に帰属しているから,控訴人の上記主張はその前提を欠き採用できない。
控訴人は,2次相続により取得した1次相続の未分割遺産について,相続人が1人っ子の場合ときょうだいがいる場合とで,包括承継する権利の性質が変わることは不合理であると主張するが,きょうだいがいる場合は遺産分割等があるまでは1次相続の未分割遺産状態が解消されないのに対し,1人っ子の場合には2次相続によって1次相続の未分割遺産状態が解消されるのであるから不合理とはいえず,控訴人の主張は採用できない。
イ 控訴人は,1人っ子の場合だけ遺産共有持分を登記に反映させないと公示目的を達しないことになるのは,理由が不明であり,不合理であると主張するが,1人っ子の場合において1次相続が遺産分割未了のまま2次相続が開始した場合には,1次相続の遺産共有持分は遡って解消しなかったことが確定するのであるから,これを登記に反映させることは公示の目的から必要なことであり,控訴人の上記主張は採用できない。
ウ 控訴人は,1人っ子の場合に,1人で遺産処分決定し,又は二重の肩書で遺産分割ができると主張するが,前記説示(原判決引用部分。以下同じ。)のとおり,2次相続の開始時に,1次相続の遺産に係る遺産共有状態は解消されており,1人で遺産処分決定し,又は二重の肩書で遺産分割ができる前提が存在しないのであるから,控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 当審における控訴人の主張(2)について
本件事案が,登記実務上,例外的に認められている中間省略登記の場合に該当しないことは,前記説示のとおりである。
控訴人は,1人っ子の事案はきょうだいがある場合と比べて,なおさら権利関係の錯綜が生じないと主張するが,きょうだいがある場合でも,中間の相続が遺産分割や相続放棄等により単独相続となった場合には実体法上1人のみが遡って権利を取得したことになるが,1人っ子の事案でも遺産共有状態が解消されないで確定すれば,2次相続までの間は共有状態が残っていたことになるのであるから,控訴人の上記主張は採用できない。
(3) 当審における控訴人の主張(3)について
ア この点に関して,後掲各証拠等によれば,次の事実が認められる。
(ア) 本件事案と同様の事案について,平成6年に東京司法書士会三多摩支会が本件各登記申請と同様の相続登記申請が可能である旨の決議をしたのに対し,東京法務局八王子支局が同支局意見としてこれを認め,さらに東京法務局民事行政部首席登記官からも同支局意見のとおりとの回答を得た(甲5)。
(イ) 従来,全国の地方法務局において,本件事案と同様の事案においては,本件各登記申請と同様の相続登記申請を受け付ける登記実務も広く行われており,東京法務局においても同様であったが,法務大臣等が通達等で公式にこの登記実務を承認したことはなかった(甲10,21ないし34。枝番を含む。弁論の全趣旨)。
(ウ) 東京法務局は,平成23年8月に同法務局田無出張所から,本件各登記申請と同様の相続登記申請の取扱いについて照会を受け,そのような登記申請は,不登法61条の登記原因証明情報の提供がないから受理することができないとの回答をした。この回答は,上記(イ)の登記実務に大きな影響を与えるものであったが,一定の周知期間を設けてその旨を各登記所ないし司法書士に周知したことはない。(前提事実(4)ア,弁論の全趣旨)
(エ) もっとも,上記(ウ)の東京法務局の回答がされる前の同年4月及び5月には,「登記研究」誌上に上記回答と同旨の本件各記事が掲載されたほか,「登記研究」765号(同年11月)にも,京都司法書士会会員研修会における講演録として,本件各記事と同旨の論稿が掲載され,平成25年6月頃には,「今後全国の法務局で本件と同様の登記申請は受け付けない取扱いで統一されるのではないか」と推測する記事が,法律雑誌に掲載された(甲5,12,32,乙3,弁論の全趣旨)。
(オ) 他方,各地で開催された法務局と司法書士会との協議会等では,上記(イ)の登記実務を踏襲するとの法務局の見解が示されることもあった。現在においても,上記(イ)の登記実務を続けている法務局は少なくなく,全国における上記の登記実務には混乱が生じている。(甲10,21から34,枝番を含む,弁論の全趣旨)
(カ) 本件各登記申請と同様の登記申請が認められない場合,登記申請者が負担する相続税,登録免許税,司法書士手数料等は,上記登記申請が認められる場合に比して2倍となる。
イ 控訴人は,以上の事実関係から,従来の上記ア(イ)の登記実務は確立し,法務局が公式見解を示していたのであるから,周知期間を設けずにその取扱いを一方的に変更し,本件各登記申請を不登法61条の登記原因証明情報の提供がないとして,不登法25条9号に基づき却下したことは信義則に反するから違法であると主張する。
たしかに,上記認定事実によれば,従来の上記ア(イ)の登記実務は,法務大臣等の公式見解に基づくものではなかったとしても,長年の間広く安定した実務であったこと,この取扱いの相違により登記申請者の負担にも大きな差が生じることが認められるから,この取扱いを変更するに当たっては,できる限り登記実務の混乱を避け,予測可能性を高める手立てを講ずることが望ましかったというべきである。
しかしながら,上記ア(イ)の登記実務が実体法上の根拠を欠くものであったことは前記説示のとおりである上,上記認定事実によれば,上記の登記実務が通達等の公式な見解に基づくものではなく,本件各登記申請の時点では,少なくとも司法書士としては上記の登記実務が変更される可能性を認識し得たと認められることなどからすると,本件各処分が信義則に反するとか,適法手続の保障に反するとまではいえない。
よって,控訴人の上記主張は採用できない。
(4) 当審における控訴人の主張(4)について
控訴人は,本件各処分が平等原則(憲法14条)に反すると主張するが,本件各登記申請を不登法61条の登記原因証明情報の提供がないとして,不登法25条9号に基づき却下することが適法であることは前記説示のとおりであるから,実体法上の根拠を欠く従来の取扱いを平等の基準とすることは相当ではない上,本件全証拠によっても,本件各登記申請の時点において,同様の申請が等しく処理されていたとは認められないから,本件各処分が平等原則(憲法14条)に反するとはいえない。
第4
よって,控訴人の本訴請求は理由がなく,これを棄した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判
決する。
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